彼が亡くなって、もうすぐ一年が経ちます。
実家の雑種犬、サブ。
昨年まで、17年間も生きました。
立派なものです。
出会いは冬の寒い日。2月でした。
保健所に行ったら、おじさんが持ってきた
高さ10センチくらいの小さな箱に、捨て犬が三匹。
子犬の兄弟でした。
まさかこんなに小さな箱に生き物が入っているなんて、
と子供ながらにびっくりした覚えがあります。
ゴミ捨て場に置かれていたそうで、あと一歩で危ないところだったようです。
一匹だけ、人懐っこく、連れて帰ることになったのが始まりでした。
私が小学生の頃からの付き合いなので
それはそれは長い年月でした。
社会人になって実家を離れても、
ちょこちょこ帰るたびに元気をもらっていました。
外で遊ばないタイプだった私を外に連れ出してくれたのは彼です。
ひ弱だったわたしを鍛えてくれたのは彼です。
彼は外犬で中型くらいのサイズなので
いつもいつでも散歩!散歩!散歩!
いつもどれだけ歩いても「まだ足りない!」って顔します。
大大大好きです。
家では庭に放し飼いでしたが、やっぱり外の散歩が大好きでした。
↓散歩おねだりの顔
たかだか動物とは言っても、
機嫌のいいとき、悪いときで態度が違いますし、
眠いとうとうと、寝起きはむにゃむにゃ、
お腹がすいたら大騒ぎ、ごはんや散歩はねだるし、
「ごはん」「さんぽ」「パン」「おやつ」などといったキーワードはしっかり記憶しており
ひとこと言おうものなら目の色が変わります。
怒れば罰の悪そうな雰囲気でしょんぼりするなど、
本当に感情豊富でびっくりします。
こわいおじさんには渋い声で吠えるのに、
お姉さんや子供にはしっぽを振って愛想を振りまき…
お調子者だったのは、家族の誰に似たのだろうか、と今でも思います。
寝起きで、顔が曲がっている…!寝ぼけまなこです。
みんなが出かけてしまう時のさみしそうな顔…しゅーん。。
学区外通いなどの影響もあり全く地元になじみのない私とは裏腹に、
近所の誰もが知っていて晩年も「サブちゃん」といろんな方に声を掛けていただき
それはそれは顔の広い犬でした。
だから長生きできたのかな?とも思います。
人間でいったら高校生と同じ!
近所の子供よりずっと先輩という不思議なことになっていました。
東京郊外の神奈川の、駅から程近い実家。
田んぼがどんどんなくなり、家やマンション開発され人が増え、
どんどん変わっていく光景を20年近くじっとともに見てきたのを考えると、
犬一匹でも歴史を感じます。
いまでこそ大型のショッピングセンターやマンションが立ち並ぶ場所も、
当時はがらんと広く田んぼが広がっていました。
引っ越してきた当時、アスファルトの地面しか知らなかった浜っ子の私には
天国のようでした。
そんなのどかな原っぱを、よく走らせて一緒に遊んでいました。
夕暮れが近づけば帰路の途。てくてくと何もない道をゆく。
静かに夜の帳が下りる様がじんわりと美しい、パノラマの風景。
田舎でも都会でもない場所の空気の中、
何も考えなくてよくて、考えないで歩ける淡々とした散歩…
こころを空っぽにできる、
孤独なのに安心感のあるサブとの時間でした。
二つのあたたかい塊に言葉はいらないし、遠慮もいらない。
彼のまあるいまっすぐな目には、いつも信頼と絆の思いがキラリと光っていました。
思い出すと心がにじむような、素晴らしい時間でした。
家族で旅行にも行ったり、
日々数々の思い出があって、
言葉は通じなくでもそれ以上の信頼関係がありました。
本当に、様々なことを教わりました。
でもまだ、弱ってからも頑張っていた辛い姿は、
思い出すと泣きそうなので、留めておきたいと思っています。
このじとじと蒸し暑い季節が来たら、
また思い出すんだろうな。
そんなことを思いつつ、毎日大事に過ごしていきたいな、と思うのでした。